山歩き再開 ― 2025年11月02日 23時53分59秒
近ごろなんでこんない時間がないのだろうと思います。まとまった時間が全く取れないし、あっという間に時間が過ぎる。
でも、今日は予定通りに時間が取れたので、山歩きを再開した。足に自信がなく、どれほど歩けるかは不安。なので、車で四王寺県民の森センターまで行って、そこから四王寺山を一周しました。多少のアップダウンはあるけれど、それ程の登りはないから、ゆっくり歩けるコースです。
センターの池を横切り、こどもの国から焼米ヶ原を目指す。近年福岡県が推進している「ワンヘルス」運動の散歩コースの案内表示があるところを歩く。焼米ヶ原に着くころにはだいぶ汗が出てきた。
大原山から周回路を下り、小石垣分岐(北石垣分岐)から左に進むと小石垣の上に出る。K歩石垣が少し崩壊しかけているようで心配。
小石垣から鮎返りの滝の右上を通る。ここらjへんは四王寺山では一番の紅葉スポットだが、今日はまだまだでした。
百間石垣の下に出ると、ここからは少し急な登りとなる。団体の登山者がいてその後をついての登りきると、野外音楽堂に出る。音楽堂では、珍しくロックのコンサートがあっていた。この野外音楽堂が使われているのを観たのは、これが初めてだ。ロックの強烈な音楽は、峰が変わるとほとんど聞こえないから不思議。
野外音楽堂の前を、これまた急な登りを登ると、毘沙門天に出る。四王寺山最高峰の大城山の山頂は、毘沙門天のすぐ横にある。
山頂を踏んで、毘沙門天にお参りし、下のベンチで昼食。
ここから県民の森センターへは、周回路をなだらかに下ってゆくだけだが、いきなり舗装道路に出て、何故か道を間違えそうになった。
引き返して周回路に戻り、増長天礎石群の前からこどもの国へ下る。礎石群の横にある、かなりの昔から年中枯れないという池「鏡池」の水位が下がり、底が見えるようになっていたが、水脈等が変わったのであろうか。心配である。
こどもの国では、数組のファミリーが楽しんでいた。少しではあるが、紅葉の気配が見えたが、僕の足は、もうヘロヘロだった。
(10:12)県民の森センター発、 (10:28)焼米ヶ原、
(10:49)大原山、 (11:04)小石垣分岐、 (11:10)小石垣、
(11:28)百間石垣下、 (11:47)野外音楽堂、 (12:08)毘沙門天、大城山、
(12:12~22)毘沙門天下のベンチで昼食、
(12:49増長天礎石群、 (13:04)県民の森センターに戻る。
コニー・フランシス ― 2025年11月03日 23時25分26秒
アメリカのポップス歌手コニー・フランシスが今年7月16日に亡くなっていた。
僕の大好きな歌手の一人です。1950年代後半から1960年代にかけてヒット曲を連発し、女性の歌手で初めてビルボードのナンバーワンになった歌手です。
僕が中学から高校にかけて、日本でも人気が爆発し、「ヴァケイション」、「ボーイハント」、「カラーに口紅」、「可愛いベイビー」、「大人になりたい」などは、弘田三枝子、中尾ミエ、森山加代子、伊東ゆかりなどがカバーして大ヒットしました。
なかでも「ボーイハント」は、彼女の甘くて柔らかだが芯のある歌声が生かされた傑作で、若い僕はすっかり魅了されてしまいました。もちろん今聴いてもそのころと変わらない、とても魅力的な歌です。
享年87歳だそうです。
同じころか、ちょっと後になりますかね、ジョニー・ソマーズ、ペギー・マーチ、シルヴィー・バルタン、ジリオラ・チンクエッティなど魅力的な女性歌手が僕の青春とともにありましたが、彼女たちはまだ存命らしいです。それぞれ、84歳、77歳、81歳、77歳。
あ、彼女たちのヒット曲は、全てYouTubeで聴きことができます。僕の青春時代には、まだ映像はほとんどなく、ラジオでの歌声だけでしたが、今は当時の映像までYouTubeで見られるので、ちょっと感じが違いますね。想像だけのほうがよかったということもあります。
しかし、それにしても日本も海外も、昔の歌はいいなあ。
僕の大好きな歌手の一人です。1950年代後半から1960年代にかけてヒット曲を連発し、女性の歌手で初めてビルボードのナンバーワンになった歌手です。
僕が中学から高校にかけて、日本でも人気が爆発し、「ヴァケイション」、「ボーイハント」、「カラーに口紅」、「可愛いベイビー」、「大人になりたい」などは、弘田三枝子、中尾ミエ、森山加代子、伊東ゆかりなどがカバーして大ヒットしました。
なかでも「ボーイハント」は、彼女の甘くて柔らかだが芯のある歌声が生かされた傑作で、若い僕はすっかり魅了されてしまいました。もちろん今聴いてもそのころと変わらない、とても魅力的な歌です。
享年87歳だそうです。
同じころか、ちょっと後になりますかね、ジョニー・ソマーズ、ペギー・マーチ、シルヴィー・バルタン、ジリオラ・チンクエッティなど魅力的な女性歌手が僕の青春とともにありましたが、彼女たちはまだ存命らしいです。それぞれ、84歳、77歳、81歳、77歳。
あ、彼女たちのヒット曲は、全てYouTubeで聴きことができます。僕の青春時代には、まだ映像はほとんどなく、ラジオでの歌声だけでしたが、今は当時の映像までYouTubeで見られるので、ちょっと感じが違いますね。想像だけのほうがよかったということもあります。
しかし、それにしても日本も海外も、昔の歌はいいなあ。
ゴリ山のつもりだったが ― 2025年11月08日 23時53分39秒
左ひざの関節がちょっとだけ痛い。これは古傷で、まあ、いつもなら登っているうちに痛みも治まるのだが、ここに三日は、駅の階段を登っても痛い。
それに来週は週末に大事な仕事があるし、その準備で忙しいから体は大事にしとかないと。
ということで、今日は近くのゴリ山(山形がゴリラの横顔に似ている、正しくは井野山)に軽くの登るつもりだった。登山口まで行ったが、いつもの駐車場が満杯で、近くに駐車スペースが見当たらない。諦めて引返し、いつもの四王寺山に登った。
県民の森センターに駐車して、スタート。
まず、増長天礎石群のところまで登って、先日とは逆コースで、毘沙門天目指す。それにしても、今日の鏡ヶ池は、先日よりももっと水位が下がって、一部底が出ている。涸れたことがないというのだが、心配である。
四王寺山の大野城跡としての防御施設としての一輪車道が残っている(だろう)ところを毘沙門天、大城山に向かって緩やかに登っていく。ひと汗かくころに毘沙門天に着き、お参りして、大城山(410m)の山頂を踏む。
戻って、野外音楽堂のほうにずんずんと下っていく。野外音楽堂には、先日と違って誰もいない。
音楽堂の左横をすり抜けてさらに緩やかに下れば、本コースで、僕の好きな景色に出る。
そこからは急な下りを注意深く下れば、百閒石垣の上に出て、さらに下れば県道に出る。
県道を左にちょっとだけで、右に鮎返りの滝のほうに。
ここら辺は、僕の知る限り四王寺山での一番の紅葉スポットだが、本日はまだまだかすかに紅葉が始まったばかりという感じだった。
進んで、小石垣の前で、小休止。パンとミルクコーヒーを楽しむ。
休憩後は、これも僕の好きな景色の小川のほとりを少しだけ進んで、
かっての美田、僕が隠し田と呼んでいたところに出るのだが、今はすっかり耕作放棄地になっている。
汗をかきながら小さな峠を登りきると、そこは主城が原への分岐。主城が原はその名の通りこの大野城のメインの建物があったところだと思われる。今は礎石だけが残っている。
下れば、小さな集落を通り、県道に出る。県道への出口には面白い案山子が置いてあった。楽しいな。
県道をほんの少しだけ下れば、県民の森センターの入り口である。
(12:19)県民の森センター発、 (12:36)増長天礎石群、鏡ヶ池
(13:07)毘沙門天、大城山山頂、 (13:24)野外音楽堂、
(13:37)百間石垣、 (14:00~14:06)小石垣前、小休止、
(14:25)主城が原分岐、 (14:32)県道に出る(案山子あり)、
(14:36)県民の森センターに戻る。
金立山 ― 2025年11月22日 21時10分38秒
今月15日に大きな行事が終わって、少し気分的に楽になったので、少しだけ遠出した。
今年5月19日のNHKBSの、酒場詩人吉田類さんが登りながら紹介する日本の百低山
で、佐賀の「金立山(きんりゅうさん 502m)」をやっていたのを観て、近いうちに登ろうと思っていた。
行きは、ちょっと贅沢だが高速道路を飛ばした。一般道路でも1時間も余計にはかからないようだが、早く着けば行動に余裕が持てる。もちろん帰りは一般道でした。
登山口の教育キャンプ場駐車場は、とても広い駐車場広場である。車を停めてキャンプ場の横を登る。
ほどなく右への道と左への渓流にかかった橋を通る道に分かれるのだが、そこにはっきりした指導票がない。近くの登山者に尋ねたところ、橋を渡るほうが急な登りが少ないという。
いずれにしろ同じところに出るからと。
足に自信がなかったので、左に橋を渡る。正解は右だったようだ。テレビでやっていた巨石群も、金立神社も右からの登山道にあるようだ。
橋を渡って渓流沿いの道をしばらく上ると、右に「吹上観音」の案内がある。巨石の壁面に観音様が彫られている。
全体的にそれほどの急登はないけれど、沢(観音沢と書かれていた)を上り詰めるころは、相当な急登となる。急登を登りきると、急に面前が開けて、頭上には大きなしめ縄がある広場に出る。
正面の「奥の院」と掲げてある鳥居をくぐって登れば山頂であるが、僕は右手に回って明るい広場の奥から左に急登して山頂に立った。山頂はそれほど広くない円形で、展望は全くない。
直下の先ほどの明るい広場からは、わずかに佐賀平野のほうが見て取れた。
広場で昼食後すぐ往路を下山した。テレビでやっていた佐賀平野を見下ろす展望台や、徐福伝説にかかる部分などは、道を間違えたせいで、全くわからなかった。
ちなみに徐福は、中国の秦の時代(紀元前905年から206年)、始皇帝に不老不死の薬を探しに行くといって大金をせしめて海を渡り、日本などに行ったきりになったという人物で、日本では各所にその伝説があるようである。不老不死の読みがなまったという「フロフキ」という植物が生えていたり、金立神社には大権現として徐福が祭ってあるなど、その痕跡があるという。
二時間半の山歩きであったが、心配していたほどは足への負担はなく、疲れも少なかった。
なお、下山後に気が付いたのだが、駐車場入り口の樹に「利用する場合は、管理棟に届ける必要がある」旨の案内がかかっているようだが、そもそも管理棟もどこにあるのかわからずじまいでした。
(11:02)教育キャンプ場駐車場発、 (11:11)沢コース分岐、
(11:47)吹上観音、 (12:21)山頂直下広場、 (12:25)金立山山頂、
(12:26~39)広場で昼食休憩、 (13:32)駐車場に戻る。
死にとうない ― 2025年11月23日 23時34分05秒
死にとうない 仙厓和尚伝 (堀 和久 著)新人物文庫
今日は連休の中日、久しぶりに朝寝してゆっくりしたあと、ずっと気になっている積読の山の中からこの文庫を取り出した。
仙厓和尚は、博多の名刹聖福寺の住職で、面白い添え書きと墨絵で有名である。たしか福岡市美術館には仙厓さんの作品が多数展示してある。僕も何度か見たことがあると思う。もしかしたらほかの美術館だったかもしれないが、〇△□のおでんのような絵は、ご存じの方も多いと思う。
宝満山の山頂直下のピークには竈岩と仙厓さんの書「仙亀」を刻んだ岩がある。
それらから、なんとなく親しみやすく、好きな和尚さんの一人であったが、その人となりや、どのような生涯だったかは全く知らなかった。あるひふとしたことから書店でみかけた文庫がこの「死にとうない」だ。大悟した禅宗の偉い坊さんが死ぬ直前につぶやいた言葉が「死にとうない」。なんだか、これだけで、親近感が増すではないか。早速購入していたのだが、ずっと積読のまま。
ということで、ミステリーではありませんが、今日は朝から一気読み。
伝、としてあるが、どこまでが史実なのか小説としての創作なのかわかりませんが、とにかく面白い。己の出自、劣等感、煩悩等々赤裸々な生涯が展開されており、面白さと感動がいっぱいの本です。特にその生死観は、なんだか僕自身と相通じるところもあるようで、共感をもって読了しました。
この本なら大河ドラマになるとも思いました。地元の大河ドラマ候補としては、「立花宗茂」を第一に押していたが、今はこの「死にとうない」を押します。とても面白い大河ドラマになりそうです。
あ、この本、かって直木賞の有力候補にもなったとか。
今日は連休の中日、久しぶりに朝寝してゆっくりしたあと、ずっと気になっている積読の山の中からこの文庫を取り出した。
仙厓和尚は、博多の名刹聖福寺の住職で、面白い添え書きと墨絵で有名である。たしか福岡市美術館には仙厓さんの作品が多数展示してある。僕も何度か見たことがあると思う。もしかしたらほかの美術館だったかもしれないが、〇△□のおでんのような絵は、ご存じの方も多いと思う。
宝満山の山頂直下のピークには竈岩と仙厓さんの書「仙亀」を刻んだ岩がある。
それらから、なんとなく親しみやすく、好きな和尚さんの一人であったが、その人となりや、どのような生涯だったかは全く知らなかった。あるひふとしたことから書店でみかけた文庫がこの「死にとうない」だ。大悟した禅宗の偉い坊さんが死ぬ直前につぶやいた言葉が「死にとうない」。なんだか、これだけで、親近感が増すではないか。早速購入していたのだが、ずっと積読のまま。
ということで、ミステリーではありませんが、今日は朝から一気読み。
伝、としてあるが、どこまでが史実なのか小説としての創作なのかわかりませんが、とにかく面白い。己の出自、劣等感、煩悩等々赤裸々な生涯が展開されており、面白さと感動がいっぱいの本です。特にその生死観は、なんだか僕自身と相通じるところもあるようで、共感をもって読了しました。
この本なら大河ドラマになるとも思いました。地元の大河ドラマ候補としては、「立花宗茂」を第一に押していたが、今はこの「死にとうない」を押します。とても面白い大河ドラマになりそうです。
あ、この本、かって直木賞の有力候補にもなったとか。
四王寺山の紅葉 ― 2025年11月30日 16時07分26秒
昨日のほうが天気は良かったのだが、車と空き時間の関係で今日やっと、気になっていた四王寺山の紅葉を観に行った。
県民の森センターに車を停め、舗装道路(町道長谷~四王寺線だと思う)をしばらく下ると、一番の紅葉スポットに出る。今日は、山の会の団体さんが紅葉ウォークとかでいっぱいだった。
紅葉は、一番の見頃だったかな。
紅葉スポットを過ぎて、小石垣の手前を右に急登すれば、10分ほどで主城が原への尾根道に出る。なだらかに歩けば、いつもの隠し田からの道と合流し、下れば県民の森センター前の町道に出る。
町道への出口わきには、先日もあった面白案山子が、今日も頑張っていた。
山道を車で下っていると、目に付いた花。
花の名前は知らないが、四王寺山では初めて見る花であった。
(10:41)県民の森センター発、 (10:57)百間石垣下、
(11:17)小石垣、 (11:39)主城が原、 (11:58)県民の森センターに戻る。
































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