金立山 ― 2025年11月22日 21時10分38秒
今月15日に大きな行事が終わって、少し気分的に楽になったので、少しだけ遠出した。
今年5月19日のNHKBSの、酒場詩人吉田類さんが登りながら紹介する日本の百低山
で、佐賀の「金立山(きんりゅうさん 502m)」をやっていたのを観て、近いうちに登ろうと思っていた。
行きは、ちょっと贅沢だが高速道路を飛ばした。一般道路でも1時間も余計にはかからないようだが、早く着けば行動に余裕が持てる。もちろん帰りは一般道でした。
登山口の教育キャンプ場駐車場は、とても広い駐車場広場である。車を停めてキャンプ場の横を登る。
ほどなく右への道と左への渓流にかかった橋を通る道に分かれるのだが、そこにはっきりした指導票がない。近くの登山者に尋ねたところ、橋を渡るほうが急な登りが少ないという。
いずれにしろ同じところに出るからと。
足に自信がなかったので、左に橋を渡る。正解は右だったようだ。テレビでやっていた巨石群も、金立神社も右からの登山道にあるようだ。
橋を渡って渓流沿いの道をしばらく上ると、右に「吹上観音」の案内がある。巨石の壁面に観音様が彫られている。
全体的にそれほどの急登はないけれど、沢(観音沢と書かれていた)を上り詰めるころは、相当な急登となる。急登を登りきると、急に面前が開けて、頭上には大きなしめ縄がある広場に出る。
正面の「奥の院」と掲げてある鳥居をくぐって登れば山頂であるが、僕は右手に回って明るい広場の奥から左に急登して山頂に立った。山頂はそれほど広くない円形で、展望は全くない。
直下の先ほどの明るい広場からは、わずかに佐賀平野のほうが見て取れた。
広場で昼食後すぐ往路を下山した。テレビでやっていた佐賀平野を見下ろす展望台や、徐福伝説にかかる部分などは、道を間違えたせいで、全くわからなかった。
ちなみに徐福は、中国の秦の時代(紀元前905年から206年)、始皇帝に不老不死の薬を探しに行くといって大金をせしめて海を渡り、日本などに行ったきりになったという人物で、日本では各所にその伝説があるようである。不老不死の読みがなまったという「フロフキ」という植物が生えていたり、金立神社には大権現として徐福が祭ってあるなど、その痕跡があるという。
二時間半の山歩きであったが、心配していたほどは足への負担はなく、疲れも少なかった。
なお、下山後に気が付いたのだが、駐車場入り口の樹に「利用する場合は、管理棟に届ける必要がある」旨の案内がかかっているようだが、そもそも管理棟もどこにあるのかわからずじまいでした。
(11:02)教育キャンプ場駐車場発、 (11:11)沢コース分岐、
(11:47)吹上観音、 (12:21)山頂直下広場、 (12:25)金立山山頂、
(12:26~39)広場で昼食休憩、 (13:32)駐車場に戻る。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://yamanamiharuka.asablo.jp/blog/2025/11/22/9819036/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。









コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。