熱波の日には映画でも観に行こう ― 2018年08月06日 00時15分07秒
暑くて体調がおかしい。山道の事情もよくわからないし、山登りは今月下旬まで自重していたほうがいいだろう。
こんな日は、涼しい映画館に避難しよう。久しく映画館には行っていなかったので、二本も見てしまった。
一つは、ジュラシックパークの最新作「ジュラシックワールド炎の国」だ。3Dになっていて、迫力がある。恐竜たちが閉じ込められていた島が大噴火。少しでも助け出そうとするのだが、それを金もうけに利用しようとする、やはり悪い奴らがいる。
こんな日は、涼しい映画館に避難しよう。久しく映画館には行っていなかったので、二本も見てしまった。
一つは、ジュラシックパークの最新作「ジュラシックワールド炎の国」だ。3Dになっていて、迫力がある。恐竜たちが閉じ込められていた島が大噴火。少しでも助け出そうとするのだが、それを金もうけに利用しようとする、やはり悪い奴らがいる。

噴火のシーンとか、恐竜とかほんとによくできていますね。本物そっくりです。といっても本物は見たことがないけれど。最後は、これからどうなるんだろうという不安で終わりますよ、きっと。

もう一つは、これもシリーズ最新作、「ミッションインポシブル フォールアウト」です。こちらもトム・クルーズの派手なアクションがほんとうにすごい。スタントマン無しでやっているというから余計にすごい。スリル満点、手に汗握る、思わず全身に力が入ってしまいます。もしかしたらこのシリーズもこれが最後かなという感じもするラストでした。
両方とも、映画を完全にエンターテイメント娯楽と思っている僕みたいなものには、きっと楽しめる映画で、映画館の大画面で見るのがより楽しめると思います。
チャイコフスキー 弦楽セレナード ― 2018年08月12日 00時36分34秒
昨日、録りためていたテレビドラマ「探偵が早すぎる」を観た。滝藤賢一さん主演の探偵コメディドラマだが、かなりいい加減なばかばかしいコメディです。でも、もう一人の主演広瀬アリスさんが好きな女優さんなので楽しみながら見ています。彼女は今ではすっかりコメディアンヌになっていますが、本当に綺麗な女優さんです。僕は、妹の広瀬すずよりもアリスさんのほうが好きですね。
で、まあそれはそれで楽しんでいるのですが、昨夜の回では、大学の図書館でクラシック音楽が流れていたのですが、広いホールに流れる音楽の響きがとてもよかった。僕のテレビの安物のスピーカーから流れているのですが、それでもホールに響く音が素晴らしいと感じたのです。曲はいくつかかかっていましたが、特に印象に残っているのが、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」です。冒頭の部分が頻繁にテレビ等で流れていて有名な曲です。
あとで僕の持っているCD(カラヤン、ベルリンフィル1980年)を聴いたのですが、なかなかその響きがしない。やはりホールの響きだよなと思いました。あとでYouTubeでいろいろ調べて聴いてみた。
その時、発見したのが小澤征爾指揮サイト・ウキネン・オーケストラ(Tchaikovsky: Serenade for Strings / Ozawa Saito Kinen Orchestra (1991 Movie Live))のものです。ホールの響きは感じないのですが、さすがに弦の響きが最高に美しく、感動しました。今は、いろんな演奏が簡単にネットで聴けるのが便利ですね。
で、まあそれはそれで楽しんでいるのですが、昨夜の回では、大学の図書館でクラシック音楽が流れていたのですが、広いホールに流れる音楽の響きがとてもよかった。僕のテレビの安物のスピーカーから流れているのですが、それでもホールに響く音が素晴らしいと感じたのです。曲はいくつかかかっていましたが、特に印象に残っているのが、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」です。冒頭の部分が頻繁にテレビ等で流れていて有名な曲です。
あとで僕の持っているCD(カラヤン、ベルリンフィル1980年)を聴いたのですが、なかなかその響きがしない。やはりホールの響きだよなと思いました。あとでYouTubeでいろいろ調べて聴いてみた。
その時、発見したのが小澤征爾指揮サイト・ウキネン・オーケストラ(Tchaikovsky: Serenade for Strings / Ozawa Saito Kinen Orchestra (1991 Movie Live))のものです。ホールの響きは感じないのですが、さすがに弦の響きが最高に美しく、感動しました。今は、いろんな演奏が簡単にネットで聴けるのが便利ですね。
炎天下の山歩きに失敗 ― 2018年08月13日 21時39分43秒
今日も相変わらず暑い。だが、せっかくのお盆の休みだし、天気も良さそうなので、裏山を歩いてみることとした。それに水城から四王寺山に登るルートも気になっていたので。
用事を済ませて登山口の水城堤防跡から登り始めたのがお昼過ぎから。一番暑くなる時刻だ。登山口は、水城の堤防の下に埋め込まれたようにある新しい資料館の横にある。白い花が咲いていて美しい。
この日は、猛暑の注意報がでていたらしいが、この程度の山歩きなら平気だろうと高をくくっていた。
だが、登り始めの階段を一歩登るのにも汗が噴き出してくる。うーん大丈夫か。
堤防の上を歩くような感じで四王寺山の支尾根にとりつくが、結構の勾配があり、30分ほど歩くと、息苦しくてたまらなくなる。足がきついとかではなく、全身がだるくて動かないという感じだ。立ち止まって座り込んで何度も水を飲んだが、回復しない。
たぶんもうすぐ四王寺山の周回路に出るだろうというあたりで、これ以上登ると、帰りがもたないと判断し、迷惑をかけたらいけないから、引き返す決断をした。軽い熱中症症状だったのだろうけど、こんなのは初めての経験です。年寄りの「冷や水」ではなく年寄りの「熱波」だけどもね。
(引き返し地点)
このルートは、もう少し涼しくなってから再度登ろう。
(12:05)登山開始、 (12:47)引き返し地点、 (13:15)登山口に戻る。
さよなら神様 ― 2018年08月19日 22時56分45秒
さよなら神様(麻耶雄嵩 著)文春文庫
この文庫、買ったのは昨年の夏だったと思う。「さよならドビュッシー」を買ったときに同じ「さよなら」で目についたし、作者の麻耶雄嵩さんの作品で以前から気になっていた作品が文庫化されたからです。
何故気になっていたかというと、麻耶さんの小説「隻眼の少女」が、2011年のベストミステリーで上位にランクされ、しかも「日本推理作家協会賞」「本格ミステリ大賞」を受賞していたので、興味を持って読んだのだが、全くの期待外れだった。その麻耶さんのこの「さよなら神様」もまた「本格ミステリ大賞」を受賞していたので、前作は期待外れだったが、今回こそはと思っていたのだ。で、買って未読本の山にそのまま忘れていたのだが、探し物をしていて未読本の中から出てきたので、今回読んだ。
はい、今回も全くの期待外れでした。というより腹が立った。
同じ探偵役が連続して6つの事件に関わる連作短編集です。というより6章からなる長編と言ったほうがいいのかな。
それぞれの事件の犯人が一行目に示されるという衝撃的な展開で、各編ともよく作られていますよ。けれども、不満だらけです。
まず、探偵役のこと。2行目に名前が出てくるのだが、「俺、桑町淳」と読むと普通は男性だと思いますよね。でも読み進んでいるうちになんか変だなと思い始めるのですが、やはり女性なんですね。
しかもそのミスリードは、ある別の人のミステリー作品では重要な意味を持つのですが、この作品では全くミステリーの構成には影響なし。単に読者に意地悪しているとしか言いようがない。意味がなく無用なことです。
次に、登場人物は、探偵役を含めほとんどが小学生です。いくら高学年といえ、小学生がこんなことを感じ、発言し、行動するかと、全く理解できないこと。これはせめて高校生か大学生でしょう。ほんとうにおかしい。
それに、各編の1行目に犯人の名前を告げる「神様」もその根拠に客観的な説明がなく超能力的だし、トリックらしいものもご都合的で、とても客観的に一般的に認めるのは難しいものばかりに思える。
最後に、物語のラストも、おいおい、こんなんでいいのかいという思いが強くなる。
全編を通して、ミステリーファンとして馬鹿にされたような読後感を持ちますね。
もうこの人のミステリーはたぶん読まない。
参考までにこの人の「隻眼の少女」の読後感(2011年8月17日このブログに記載)を転載します。
隻眼の少女(麻耶雄嵩著)文芸春秋
昨年のベストミステリーで僕が読んだ最後のものは、この「隻眼の少女」だ。「週刊文春ミステリーベスト10」の4位、「このミステリーがすごい!」も4位、「ミステリが読みたい」では7位にランクされていて、しかも「本格ミステリベスト10」では、堂々第1位にランクされているので、相当期待して読んだ。近頃本格物と言われるもので、いいものが読めていなかったから。
で、結論から言えば、「なんだこりゃ」です。こんなものが、本格物の第1位にあがるなんて、評論家はどうかしていると思いますね。
ネタばれになるけども、敢えて言えば、一番ひどいところは、「本格ミステリーのルール違反」だということ。「本格ミステリーのルール」というものが、きちんとあるのではありませんが、昔からいろんな人がいろんなことを言っている。「ノックスの十戒」というのが一番有名でしょう。現代において、勿論そのすべてが正しいとは言えませんが、まあだいたいその通りだと肯けるものが多い。
この「隻眼の少女」は、その中でも僕が重要だと思っている事項に違反しているのです。その点で、読後感がすごく悪いものとなっている。
それにこまごまとした推理が、たいていが都合のいいこじつけや、他になんとでも解釈できそうだったり、一方的だったりする。あの世界的名探偵ホームズの推理も同じようなものだといえば、そうなんだけど、まあこの小説はひどすぎるような感じを受ける。
さらに、重大なものである犯人の動機と、現実に起こした犯罪とのバランスがとても考えられないくらいかい離があってひどいことも、「そんな馬鹿な!」という気になる。
最後にこれも最重要と言ってもいいかもしれないが、名探偵のキャラクターや服装が全くおかしい。いくら名探偵でも、たかだか25年前ですよ。水干をユニフォームにしているような変な少女を探偵として受け入れるような警察なんてありえませんよ(まあ、水干にはそれなりの役割は用意されていますがね)。おかしい変人として排除されるに決まっています。
明治の初期ならまだしも、社会的にもありそうもないことばかりだし、いくら作り話といってももう少しリアリティが欲しいですよ。
多少おかしくても、最後は大どんでん返しの綺麗な解決があるのかなと期待して読み進めたのに、とんでもないおかしな結末でがっかり。そんなのありか、おかしいよ!!!
と、何やかやで、この小説には全く失望しました。
古典に「隅の老人」という本格物があり、それをちょっと思い出したりもしたが、全く意味合いが違う。これは蛇足。
この文庫、買ったのは昨年の夏だったと思う。「さよならドビュッシー」を買ったときに同じ「さよなら」で目についたし、作者の麻耶雄嵩さんの作品で以前から気になっていた作品が文庫化されたからです。
何故気になっていたかというと、麻耶さんの小説「隻眼の少女」が、2011年のベストミステリーで上位にランクされ、しかも「日本推理作家協会賞」「本格ミステリ大賞」を受賞していたので、興味を持って読んだのだが、全くの期待外れだった。その麻耶さんのこの「さよなら神様」もまた「本格ミステリ大賞」を受賞していたので、前作は期待外れだったが、今回こそはと思っていたのだ。で、買って未読本の山にそのまま忘れていたのだが、探し物をしていて未読本の中から出てきたので、今回読んだ。
はい、今回も全くの期待外れでした。というより腹が立った。
同じ探偵役が連続して6つの事件に関わる連作短編集です。というより6章からなる長編と言ったほうがいいのかな。
それぞれの事件の犯人が一行目に示されるという衝撃的な展開で、各編ともよく作られていますよ。けれども、不満だらけです。
まず、探偵役のこと。2行目に名前が出てくるのだが、「俺、桑町淳」と読むと普通は男性だと思いますよね。でも読み進んでいるうちになんか変だなと思い始めるのですが、やはり女性なんですね。
しかもそのミスリードは、ある別の人のミステリー作品では重要な意味を持つのですが、この作品では全くミステリーの構成には影響なし。単に読者に意地悪しているとしか言いようがない。意味がなく無用なことです。
次に、登場人物は、探偵役を含めほとんどが小学生です。いくら高学年といえ、小学生がこんなことを感じ、発言し、行動するかと、全く理解できないこと。これはせめて高校生か大学生でしょう。ほんとうにおかしい。
それに、各編の1行目に犯人の名前を告げる「神様」もその根拠に客観的な説明がなく超能力的だし、トリックらしいものもご都合的で、とても客観的に一般的に認めるのは難しいものばかりに思える。
最後に、物語のラストも、おいおい、こんなんでいいのかいという思いが強くなる。
全編を通して、ミステリーファンとして馬鹿にされたような読後感を持ちますね。
もうこの人のミステリーはたぶん読まない。
参考までにこの人の「隻眼の少女」の読後感(2011年8月17日このブログに記載)を転載します。
隻眼の少女(麻耶雄嵩著)文芸春秋
昨年のベストミステリーで僕が読んだ最後のものは、この「隻眼の少女」だ。「週刊文春ミステリーベスト10」の4位、「このミステリーがすごい!」も4位、「ミステリが読みたい」では7位にランクされていて、しかも「本格ミステリベスト10」では、堂々第1位にランクされているので、相当期待して読んだ。近頃本格物と言われるもので、いいものが読めていなかったから。
で、結論から言えば、「なんだこりゃ」です。こんなものが、本格物の第1位にあがるなんて、評論家はどうかしていると思いますね。
ネタばれになるけども、敢えて言えば、一番ひどいところは、「本格ミステリーのルール違反」だということ。「本格ミステリーのルール」というものが、きちんとあるのではありませんが、昔からいろんな人がいろんなことを言っている。「ノックスの十戒」というのが一番有名でしょう。現代において、勿論そのすべてが正しいとは言えませんが、まあだいたいその通りだと肯けるものが多い。
この「隻眼の少女」は、その中でも僕が重要だと思っている事項に違反しているのです。その点で、読後感がすごく悪いものとなっている。
それにこまごまとした推理が、たいていが都合のいいこじつけや、他になんとでも解釈できそうだったり、一方的だったりする。あの世界的名探偵ホームズの推理も同じようなものだといえば、そうなんだけど、まあこの小説はひどすぎるような感じを受ける。
さらに、重大なものである犯人の動機と、現実に起こした犯罪とのバランスがとても考えられないくらいかい離があってひどいことも、「そんな馬鹿な!」という気になる。
最後にこれも最重要と言ってもいいかもしれないが、名探偵のキャラクターや服装が全くおかしい。いくら名探偵でも、たかだか25年前ですよ。水干をユニフォームにしているような変な少女を探偵として受け入れるような警察なんてありえませんよ(まあ、水干にはそれなりの役割は用意されていますがね)。おかしい変人として排除されるに決まっています。
明治の初期ならまだしも、社会的にもありそうもないことばかりだし、いくら作り話といってももう少しリアリティが欲しいですよ。
多少おかしくても、最後は大どんでん返しの綺麗な解決があるのかなと期待して読み進めたのに、とんでもないおかしな結末でがっかり。そんなのありか、おかしいよ!!!
と、何やかやで、この小説には全く失望しました。
古典に「隅の老人」という本格物があり、それをちょっと思い出したりもしたが、全く意味合いが違う。これは蛇足。






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